満月の夜に捨てたかったもの、手放した先にあったものは?

満月の夜に捨てたかったもの、手放した先にあったものは?

前回、私の心の奥底に閉じ込めてきた情景を見つめ、そして、ようやく過去を意味あるものとして統合することができました。

そして、次は未来に向けて、どうしても乗り越えたいものがありました。

どうしても手放せなかったものは

いい娘でもなかった、可愛い妻でもなかった、最後に私に残ったのは「いいお母さん」という存在です。

愚痴を言わず、人に依存せず、そして、子供には「〜しなさい」「〜でないとだめ」など否定的な言葉を言わない、とにかく自分の母親と真逆のことを意識して、子供を育ててきました。
幸い子供との関係は良好。「あ〜私はお母さんとしては価値があるのだ」と、ないかあるごとに、そこに立ち返って安心していました。

だから、これだけは手放したくなかった。私の人生のすべて、努力の証のような気がしていたのです。

それは子供にとって、本当に幸せなことなのか?

ある日、「家族に綿々と続く課題」ということを私に語ってくれた人が現れました。
そして、それは子供に引き継がれていくのだと。
子供は、無意識に親の価値観、言動から影響を常に受けているからです。

その時、ず〜っと心の奥で気になっていたことが浮かび上がってきたのです。
「お母さんは一人で頑張ってるから、私がなんとかしてあげなくては」という考えです。
私の母の母、つまり祖母も若くして未亡人で、体が弱かった。なので、母も「甘えること」を知らずに育ちました。
祖母の母、つまり曾祖母も一人で子供を育て上げました。祖母は人生最後まで人に甘えず自分に厳しい人でした。

私がいいお母さんでいようと、頑張れば頑張るほど、この流れを断ち切れない??
そもそも、娘は甘えたり困らせることがあまりない子供でした。
そこが、実はず=っと心の中で引っかかっていました。
無意識に、私が「がんばりなさい」と伝えているのかもしれない!これだけは断ち切りたかった。私と同じように「何がなんでもがんばらねばならない」と義務感だけは感じてほしくなかった。

満月の夜に手放したもの

満月の夜は、何かを手放すといいと言います。今年、最後の満月は12月25日でした。この夜、私は「一人で何でも頑張る」を手放そうと覚悟を決めました。
立派にできなくてもいい、完璧でなくてもいい、そしてちょっと迷惑かもしれないけど人にわがままを言って甘えてもいい
何より「いいお母さん」でなくてもいい
心からそう願って捨てました。

そして、後日、子供に正直に「お母さんは、いいお母さんをやめて、自分がしたいことをして生きていくよ」と伝えました。
だから、あなたも、自分の心に素直に生きて欲しい、と。
かえってきた「うん、その方がいい」という言葉と、笑顔でした。

手放した先に、何かが突然現れたわけでなく、でも、失ったものもありませんでした。あれほど、手放すことに恐怖を感じるほどだったのに。

この数ヶ月、この講座を通して、何が一番欲しいものなのか、考えてきました。
今年度は、何が欲しいのかまでは至らなかったけれども、
失うことに恐怖を感じていたものを、勇気を持って手放すことはできました。

来年は、ここに「何が欲しくて、得ることができた」と書けるといいなと思います。

 

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