二度と手に入らないチャンス、つかみに行かなかったのはなぜ?〜幸福の選択〜

二度と手に入らないチャンス、つかみに行かなかったのはなぜ?〜幸福の選択〜

先日、私が最も敬愛する佐藤初女さんが亡くなりました。彼女は青森県にある「イスキア」で、心を込めた食事とおもてなしで、たくさんの心に病や悩みを抱えた人たちを救ってきました。

逃してしまったチャンス

私は彼女の「静の祈り」と「動の祈り」という言葉が大好きで、行動を伴った祈りや想い、信念は、これほどにも多くの人に影響を与えるものかと、感動していました。

いつかイスキアに行ってみたいな〜あの場がどんなところなんだろう??って、思いつつも、何もせずに数年経っていました。
実は、智恵の輪を立ち上げたきっかけが、佐藤初女さんついて私が書いたこのBlogの記事なのです。私はこういう場を作りたいのです!と、大本昌弘さんに伝えたことから始まりました。
なので、先日、ふとしたきっかけで初女さんの話がでた時に「え?もう94歳でしょ?早く会いに行かないと!」と突然言われて、これまでなぜか「会いに行く」という選択さえ考えつかなかった私は、びっくりして、ようやく、ようやく、「イスキア」について調べました。

次の日は、こちらの講座がありました。ここには書いていませんが、「自分が望みを制限するもの」について掘り下げるワークがありました。ここで私がつかんだカードに書かれた言葉は「チャンス」つまり、私は無意識の中で、チャンスがないからできないと思い込んでいたのです。

その次の日は、こちらの講座でした。ここで「自分の人生を生きること」を深く考えました。私たちは知らず知らずのうちに、それこそ無意識に、周囲の評価や情報に翻弄されて「自分が本当にしたいことを見ないようにしている」ことがわかりました。そして、もう他人の荷物を背負って生きている時間や猶予はないのだな〜と、ぼんやり気がついたのです。
あ〜もうやりたいことをやっていこう、行きたいところに行こう!と思って、なんとなく「イスキアに行くよ!」とあちこちに宣言したその日、初女さんの訃報が届きました。

この間、たったの4日の出来事でした。

会いたいと思えば会いに行けた
なのに
会いに行くことなんてできないと思い込んでいた
いつでもいいやと、日々の生活、やらねばならないと思い込んでいた事に追われていた
こうして、チャンスを逃してしまいました。

何が大事なこと何か?
今しかできないことは何か?

二度と手に入らないと、わかった時の取り返しがつかない後悔。
これが初めてではなかったはず。なのに、繰り返してしまいました。
もういい加減に、やめたいと思います。そう、人生は限りがあるからです。

普通の人間である自分たちが考え付くことなんて、所詮、大したことではないんだ。
本気で叶えようと思えば、すぐにできちゃう程度のことなんだ。

本当にその通りだと思います。

たくさんの種が実を結ぶことを祈って

最後に、初女さんのご冥福を祈りつつ、実際にお会いしたという方からこのようなコメントを頂いたのでご紹介します。

辞去する時に、このままずっと手を握ってくれるのかなと感じるくらい長い間、
しっかりと力強い握手をしていただきました。
その後、「あなたの姿が見えなくなるまで、ずっと鐘を鳴らしてあげますね」と言って、これも本当に長い時間、鐘を鳴らしていただきました。

目の前の人を本当に大切にする方だったのだなと改めて思いました。
私の親友からは「歴史を受け継いで、使命を全うしたいね」とメッセージが届きました。この言葉に、心から救われた想いがしました。

初女さんが全国に蒔かれたたくさんの種を、大事に、大事に育てたいと思います。

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