自分にとって、何が幸せですか?それを忘れたふりをしていませんか?〜幸福の選択〜

自分にとって、何が幸せですか?それを忘れたふりをしていませんか?〜幸福の選択〜

ある日、タイムラインで流れてきたこの投稿。あとになって、じわじわっと心に響きます。

The Simsというゲームで遊んでいたことがある。
シミュレーションゲームの一種だが、シムと呼ばれるキャラクターを造形し、そのキャラクターが幸せな一生を送れるよう支援するというゲームで、シムは子供から大人、老人に成長し、私たちのそれとよく似た社会でまなび、働き、恋愛、結婚、子育てをしていく。
子供のシムを作ると、またその子を教育し、働かせ、恋愛、結婚、、、
そういう普遍的なリングのつながりを延々と、延々と続けていくだけのゲームだ。

シムには個体ごとに「願望」というものが設定されている。お金儲けが好きなシム。仕事が好きな出世願望のシム。恋愛大好き、たくさんの恋がしたいシム。家族がなにより大切なシム。友達をたくさん作りたい、人に影響を与えたいシム。遊びが好き、楽しいことがしたいシム。知識欲旺盛なシム。色んなタイプがいる。

私はあるシムを育てた。そのシムは天才型だった。
なんと、すべての才能パラメータがマックスだったのだ。
彼女は、仕事は何をやらせても最優秀で、オリンピックでも市長でも社長でもなんでも目指せた。

 

ここからが私が考えたストーリー

周囲はそれを放置しない。幼少から早期教育をして、習い事。学校にあがればテストも優秀で、もちろん生徒会にクラブ活動。社会に出れば、仕事や様々活動もすべてこなしてしまう。

彼女が周囲の期待に応えて「やりましょう」と決意したことは、ほとんど達成!

でも、もし、もし、彼女の唯一無二の願望が「大好きな人のそばにいて、毎日、暮らしを整えること」であったら??

世間一般的に、優秀であるがゆえに、達成できない幸福。周囲の期待に応えることができるがゆえにかな得られない望み。果たして、彼女は幸福なのか??
そもそもの願望が違えば、なにを満たしても無駄なのだということを私は悟った。

私は、この投稿を読んで思いました。親が勝手に子供の幸福を決めてはいけない。あなたにはこれがいいのでは?これが成功よ!なんて、どうしてわかる?

幸せを感じるものと、才能は全く違うものかもしれない

才能を開花させることよりも、その子が何を望んでいるのか、親は真剣に考えるべきではないかなと。そして、自分自身、周囲の期待に「うっかり応える」ことで、自分の願望を見失わないように。時として、期待を裏切ってでも、願望を貫く勇気を持ちたいもの。それが幸福の選択かも。

最後に、それでも、その才能を何かのために生かすことができれば、なおさら、幸福ではないかと。それは神さまから頂いたgiftなのだから、だれかのために惜しみなく使える優しさがあればいいな。

 

URL :
TRACKBACK URL :

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)